環境省平成17年度主体間連携モデル事業委託業務(省エネ住宅1)

長寿命住宅小野寺家100年の大空間


長寿命住宅小野寺家の設計と監理 大空間の復原に挑む

有限会社安井設計工房副社長
宮城学院女子大学非常勤講師
安井妙子

1 出発点

 2001年10月25日、財団法人宮城県建築住宅センターに事務局を置く「みやぎゆとりある住まいづくり推進協議会」が、わたくしの講演会を実施した。わたくしが設計監理をした宮城県指定文化財今野家住宅の建つ宮城県東北歴史博物館を会場とするうれしい企画だった。テーマは「古民家復権」である。
 それから1年後の2002年、この講演会に参加していた小野寺英一・美恵子夫妻がわたくしの事務所を訪れた。小野寺ご夫妻が持参した古民家の平面のスケッチを見て、いやに小さい家だなという印象を受けた。話の概要は、@定年後に戻って自然とともに暮らしたい。A修復工事完成は、定年退職にあわせ2009年ごろにしたい。B約100年前に建てた家でも暖かくできるか、ということであった。

2 現地調査

 小野寺家は、気仙沼の美しい山々を眺めることのできる環境に建つ。堂々として、大きな、()ちの高い家である。スケッチと比べると平面は2倍ほどある。茅葺だった屋根は、昭和35年の大改修でこのころに流行した修理方法なのか、瓦葺きの入母屋造である。寒さのため、大きな土間をいくつかの部屋に仕切り、低く天井が張ってあった。
 いまどき風呂も便所も外の別棟で、正面と上手の縁側は雨戸が立つだけ、他は木製のガラス戸であって、アルミサッシがひとつもない。大正14年生まれの当主尚一氏の「いえ、別に寒くないです」という言葉が忘れられない。
 日を改めておこなった調査で、上手座敷側から小屋裏に昇った。断熱材もなく、あちこちの隙間から光の差し込む明るい小屋裏である。これでは寒いはずだ。昭和35年瓦葺に改造した時、茅屋根を形成する叉首(さす)を取外してトラスに変えており、その工事の際に作った頑丈な作業床が天井の上に残っていた。こんなに自由に安全に小屋裏を歩ける家は初めてである。天井で隠れていた土間上部の梁をつぶさに見ることができ、調子よく梁組図が書けた。小屋組を調査した時点で、わたくしの頭の中に天井を取り払い大空間になった完成竣工の姿ができあがる。出発点1現地調査241善は急げと完成は2004年に早まった。

3 修理方針を決定

 断熱気密のとり方は、梁組図や矩計図(かなばかりず)を作るための調査をしているあいだに、どの部分で断熱気密をとり、それをどう連続させるのが効果的でかつ経済的かを考え、その場でほぼ修復方針を決定する。決定した方針をうけて、矛盾が生じないことを確認し、考え方に修正を加えながら調査のスケッチ(野帳)を設計図にしていく。小野寺家が、昭和35年に大改修をしていることを考慮して次のような修理方針を立てた。
@気仙沼地方の近代民家の規範である現状の外観を大きく変えない。
A内部空間は、100年前の大空間に復原する。
B水回りは現在、台所部分があるダシヤを改装して、そこにまとめる。
C断熱気密は床下を内部空間として地盤・外壁・天井で連続させる。
D屋根は日傘と考え日射遮蔽(しゃへい)の役割を与える。
E大きな小屋裏空間は、開放的なことから換気計画上外部として扱う。

4 省エネ住宅の設計と得られた屋内環境[脚注]

a 断熱気密

* 外観を大きく変えないことを第一の条件としたので、壁面の断熱が外部になったり内部になったりと複雑になった。
 主屋本体部分は地盤・壁・天井で断熱し、小屋裏空間は熱的に外部の扱いをしている。天井断熱の性能は、大きな小屋裏空間を持つ屋根で日射遮蔽ができるので壁と同一の仕様である。
 次世代省エネ基準で、外壁の断熱材より屋根や天井の断熱材が60%以上厚いものに規定されているのは、夏季の日射による室温上昇に対応するためである。太陽高度の高い夏季、日射を受ける屋根鉄板の表面は70℃にも達する。それに比べて、垂直に立つ壁の受ける日射は少ない。小野寺家のように、はからずも日射遮蔽の大きな屋根が用意されている家では、外壁と同等の断熱材で十分と考えた。したがって天井、外壁とも熱伝導率0.020W/(m・K)の板状断熱材高性能フェノールフォーム、商品名「ネオマフォーム」30mmを使用した。
 地盤には建物の周辺900mmのみに熱伝導率0.028W/(m・K)の板状断熱材押出し発泡ポリスチレン3種b30mmを敷きこみ地面を伝わる熱を遮断し、地盤からの立ち上がり部分には50mmを使用した。
 地盤に敷きこむ断熱材の性能が、他の部分より少なくて済むのは、地熱による。地盤の温度は通常1年を通して13℃程度でほぼ一定である。このことを利用すると、断熱材の節約ばかりか、グラフが示すとおり、夏も冬も屋内環境を快適にするために役に立っている。自然エネルギーを取り込んだ省エネ住宅である。なお、新規部分は地盤・壁・屋根で断熱気密をとっている。

*
小野寺家 2005年2月1日から2月10日まで、冬の温度(℃)と絶対湿度(g/kg DA)

[脚注]小野寺家には屋内空間でありながら断熱気密範囲外の寒い空間がある。上手縁側の扉を開けるとボイラが同居する物置がある。その上の予期せぬ部屋「秘密の部屋」には小屋裏に通じるはしごがある。寒い空間を通り抜けると正面2階の日当たりのよい縁側に出る。ぐるぐる回れるプランは、大きな家をより大きく感じさせる。古民家には思いもかけない空間が隠れている。経済優先で合理的に建てられる現代住宅からは大人にも子供にも楽しくわくわくする空間が消え去っている。古民家の修復は屋内空間の開発でもある。

b 換 気

 換気方式は便所部分などから24時間連続で常時排気し、縁側床下に設置した給気口からダクトで床下に導き室内に給気する第3種換気である。常時換気の量は毎時140m3である。
 床下空間に導いた外気を、床下に配管している暖房用の温水配管と、床下に打った蓄熱用のコンクリート上に設置したボイラの燃焼熱を利用して余熱し、換気扇で排気された分量を給気する。給気する外気の導入速度は常時換気時に秒速1m程度となるように、給気ダクトの面積を計算している。
 夏季は必要に応じてロバタに設置した毎時170m3の換気扇を運転する。床下温度は23℃程度なので、30℃の外気は23℃の空間を通過して室内に供給される。このため、締め切って暮らす屋内の気温は冷房せずに28℃程度に保たれる。小野寺家では冷房機を設置していない。
 冬季は、床下温度は17℃程度で、0℃前後の外気は17℃の空間を通過して室内に供給される。換気をすることで地熱を利用した外気調和ができる。喫煙者がいなく、内装の使用材料はスギや漆喰などの自然材料なので、いつもさわやかな屋内環境である。

c 冷房と暖房

 上記のように冷房機は設置していない。暖房は、灯油ボイラを熱源とする低温水輻射(ふくしゃ)型パネルヒータを使用。11枚のパネルを一階の各部屋に配置し、二階には取り付けていない。
 床下に打った厚さ150mmのコンクリートは蓄熱体として利用している。暖房の開始は竣工直前で、冷え切っている12月中旬からなので、蓄熱が行われて床面温度が上がり快適になるまで1ヶ月以上を要した。蓄熱が完了するまでは、暖房ボイラがフル運転していた。屋内環境も気温は上がってはいるが、土壁の温度が十分上昇しておらず、冷輻射で寒く感じた。1ヵ月後、土壁が十分蓄熱して、床や壁面、天井面の温度が室内気温と同じになると、ボイラの運転もパネルに設置したサーモスタットの働きで停止する時間が多くなってくる。厳寒時に暖房を始めた場合はたいていこのような経過をたどるが、何度経験しても設計者としては、容量が足りなかったのではないか、施工に何らかの手違いがあったのではないかなどの不安がよぎる。十分に蓄熱した空間を実感してやっと胸をなでおろす。

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小野寺家 2005年7月11日から7月20日まで、夏の温度(℃)と絶対湿度(g/kg DA)

5 設計監理者の役割

 古民家改修に熟練した建築の技術者および職人が、どこにでも、たくさんいるわけではない。しかし基本的知識と技術、やってみたいという強い意志を持っていれば、対応することはできる。これを基本能力と呼ぼう。まず、基本能力の高い人々でチームを組む必要がある。
 古民家改修に臨む家々はあまり美しくない姿で工事関係者の前に姿を現すことが多い。こんな場合、大工棟梁をはじめとする職人諸氏に、わたくしの頭の中にある完成図を具体的に示すことによって、職人諸氏がわたくしと情報を共有することが可能になる。そうすると希望がわき、みずから何をすべきか考えることになる。この仕事を怠ると、施工者は先が見えずに苦しむことになるし、わたくしが頭に描いた竣工空間と異なるものができてしまう。かつて、最後の最後まで完成空間が頭に描けなかった職人から「こういう風になるなら最初から言ってくれればもっとましな方法を考えたのに」と苦言を呈されたことがあり反省している。
 棟梁の高橋惣一氏は以前に、建築後55年程の住宅で施工困難な断熱気密改修工事に付き合ってくれている。「それに比べれば体を伸ばして仕事ができるよ」と小野寺家では期待させたが、やはり腹ばいになって天井と屋根のわずかな隙間に、必死に断熱材を張りまわし、気密を確保する仕事が待っていた。
 柱の水平の傾きと不同沈下は一見目立たなかったが、測定するとどちらも激しい。本体の修正はできたものの、外壁周りの柱壁の修正は、瓦屋根が乗ったままであるために十分に修正することができず、工業製品であるアルミサッシなどの取り付けに手間がかかった。水平の床に対し、垂直になっていない柱や壁体に、建具枠を取り付けるなど、高橋棟梁には、一見すると大工が間違ったかのように見える造作工事を施すという辛い仕事をさせてしまった。
 わたくしは、予算、工期と闘いながら文化財としての品位を保ち、快適な空間を提供するためのまじめな努力を怠らなかった施工者各位を高く評価したい。



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