環境省平成17年度主体間連携モデル事業委託業務(省エネ住宅1)

長寿命住宅小野寺家100年の大空間


改修民家小野寺家の室内環境性能を検証する

秋田県立大学システム科学技術学部
建築環境システム学科 助教授
長谷川 兼一

1 目 的

 宮城県気仙沼市下八瀬の小野寺家(明治38年建築と推定される)の断熱気密改修が行われ、2004年12月に完成した。この改修には、伝統的な建築構法と現代の建築技術に精通している建築家安井妙子氏と、古民家研究の第一人者である建築史家宮澤智士氏との共働が実現して、民家の改修に最も理想的な体制が整った。建物の文化的価値の高さが確保され、次の世代が夏冬とも快適に住めるよう設計されている。
 今回、私は幸いにも設計時に意図された室内環境が実現されているか否かを検証する機会を得た。この検証結果を今後の設計にフィードバックさせるために、室内環境に関する測定を行った。

2 室内環境の検証の必要性

 東北地方の住宅が抱える室内環境問題として、冬期における不十分な暖房環境、非暖房室の極めて低い室温、不十分な暖房による結露、それによるカビの発生等が指摘されている1)。これらの問題はいずれも、住宅の快適性を損なうのみならず、住まい手の健康に悪い影響を与える可能性が高い。例えば、室内に温度差があることにより、居住者は生理的なストレスを受けるため血圧の上昇を招き、さらには脳卒中を引き起こす要因となる。結露によって発生したカビは壁やカーテンを汚し、また、空気に浮遊するカビ胞子は様々な健康被害を引き起こす。
 このような問題を防ぐためには、外と内部空間とを明確に区別する必要があり、それには高い断熱性と気密性を確保することが有効な手法であると考える。断熱性気密性を高めることは、同時に、最適な暖房ならびに換気設備の設置とそれらの適切な運用が求められる。断熱・気密・暖房・換気の設計・施工・運用が適切でないと、換気不足による室内空気汚染や、壁体内部および非暖房スペースの結露・カビの発生を排除することができない。
 最近、住宅の断熱・気密化の必要性は広く知られつつあり、新築住宅への適用は、平成14年度の住宅金融公庫の新築融資における省エネルギー住宅の普及率は約70%、このうち次世代省エネルギー基準適合率は約15%である。冬期における室内環境問題もひと昔前と比べて改善されている。しかし、室内環境性能評価は、住宅金融公庫への申請段階で行われる場合が大半であり、完成竣工後の建築性能およびエネルギー消費量等について検証されることは少ない。実際に居住状態で室内環境を検証することは、設計や施工の不備が指摘される事が考えられ、また家族のプライバシーに踏み込まなければならない行為であるため難しい場合が多い。測定や調査に基づいた性能評価が明らかにされないかぎり、設計へのフィードバックができず、良質な建築物の蓄積とならない。
 建物の室内環境としてどのよう項目を検証することが妥当であろうか。一言で環境といっても、それぞれの人の頭に浮かぶイメージは異なる。ここでは、先に東北地方の室内環境問題について言及しているため、これらの問題が解決されているか否かに焦点を当て、以下の4項目について検討する。
@シェルター性能
A換気状況
B冬季夏季の温熱環境
Cエネルギー消費量

3 検証結果

3.1 シェルター性能

*

図1 建築的手法と機械的手法

 建築における環境設計の基本的な考え方は図1に示される通りである2)。すなわち、外部条件の変動に対して“建築的手法”を用いてシェルターとしての性能を高め室内環境を良好な範囲へ近づける。次に、必要に応じて“機械的手法”を用いることにより、室内気候を良好な範囲におさめる。小野寺家では“建築的手法”として断熱気密性能を高め、“機械的手法”として暖房設備、換気設備を設置した。
 小野寺家の位置する気仙沼市は、次世代省エネルギー基準3)のV地域に分類されているが、開口部サッシの断熱性能はより寒さの厳しいU地域に準拠して設計施工しており、仕様規定を十分に満たしている。また、気密性能試験は実施していないが、気密施工には十分配慮されており、建築家のこれまでの実績から判断するとV地域の省エネルギー基準を十分に満たしていると予測される。
 以上より、室内環境の質を高めるに必要なシェルター性能は十分に確保されている。

3.2 換気の状況

 小野寺家では、排気を換気扇で行い、排気した分量だけ換気扇を使わずに自然に給気する第3種機械換気を採用している。給気空気はいったん床下に引き込まれ、予熱・予冷した上で居室に供給する。排気は浴室、便所の換気扇により24時間連続して行っている。
 今回、換気計測は実施していないが、設置された換気扇の性能および作動状況から判断すると、特に問題はなく良好である。

3.3 室内の温熱環境

1)測定概要

 室内の各部温湿度は小型データロガー(商品名おんどとり)を用い、竣工直後の2004年12月より継続して行っている。サンプリング間隔は30分とし、データロガー内にデータが自動保存される。測定位置は図2に示す通り、床下・納戸・2階廊下・外気の合計4点である。また、2005年夏期に詳細測定を行い、図2に示すロバタの床上1.1m温湿度、グローブ温度、風速、ならびに床上0.1m温度を1週間にわたって計測した。センサーの設置状況を示す(写真1)。

*
(2階)
*
図2 測定箇所   (1階)
*
写真1 夏期詳細測定の測定機器設置状況
2)各部温湿度の長期変動

 図3に、計測開始時からの各部温湿度の長期変動を示す。床下温湿度は欠測のため2005年5月下旬以降のデータが掲載されている。納戸と二階廊下であっても冬期間の温度は15℃を下回ることなく、安定した変動を示している。また、一階二階の上下温度差はほとんど見られず、各部屋間の温度差は小さく、均一な温度環境が実現されている。これは、明らかにシェルター性能の高さに起因しており、断熱気密施工が成功していることを示している。
 室内の相対湿度は、冬期間に40%前後で推移しており、やや乾燥気味である。一般的に、断熱気密された住宅では冬季の乾燥が指摘されている。小野寺家では乾燥が問題となったので、加湿器を2台稼動できるようにしている。

*
*

図3 各部温湿度の長期変動

3)夏期における各部温湿度変動

 図4に、夏期の詳細測定による各部温湿度変動を示す。居室温度は外気の変動と比べて安定しており、26℃前後で推移している。そのため、日中は外気温度よりも低く、外気温度が上昇している8月4日には、5℃程度も室内温度が低い。逆に、夜間の温度低下は小さく、外気よりも3〜5℃高い。このことは高い断熱気密性能によるものと考えられ、室内空気が保温(保冷)された状態が維持されている。
 図5に、温熱快適性指標〈PMV〉と予測不満足率〈PPD〉の変動を示す。PMVの算出には、代謝量1.0met、着衣量0.5cloと設定し、空気温度、グローブ温度、相対湿度、風速には計測値を用いた。PMVは‘0’が中立を示し、望ましい環境であることを表す。また、PPDはその環境において、不満足と申告する人の割合を示し、値が小さいほど不満を感じる割合が低く快適であることを表す。測定期間中のPMVは、0〜1.5の間を変動しているが、日中に外気温度が高くなる場合にはPMVが大きくなるものの、長い時間継続することはない。夜間にはPMVは小さくなり、PPDを見れば、その環境を不満に感じる人の割合は小さくなることがわかる。
 図6に、各室の温湿度変動を示す。断熱区域以外の小屋裏空間の温度は日中の温度上昇に伴って激しく変動しており、40℃近くまでに達している。同じく断熱区域以外の南廊下温度も居室や北室と比べると温度変動が激しくなっており、外気温度と同程度まで温度が上昇している。小屋裏温度の上昇による居室への熱の流入は、天井の断熱により抑制されていることは明らかであるとともに、南側廊下の温度変動からも断熱の効果を確認することができる。

*
*

図4 夏期測定における居間の温湿度変動

*

図5 夏期測定における居間のPMVとPPDの変動

*
*

図6 夏期測定における各部温湿度変動

4)熱線カメラによる室内各部の表面温度

 各部位を対象として、熱線カメラを用いた撮影を行った。ここで示す対象部位は、ロバタの掘り炬燵周辺、ナカマとエンガワ床表面、エンガワ床表面、2階廊下南側壁表面、二階物置から小屋裏への入口扉付近である。
 図7にロバタ掘り炬燵周辺の撮影結果を示す。掘り炬燵内の表面温度、板床の表面温度ともに同程度であり、28℃前後を示している。図8、図9にナカマとエンガワ側の床表面の撮影結果を示す。ナカマの板床表面は28℃前後を示しており、通常に設定する冷房温度に近いが、日射があたるエンガワの表面温度は30℃を超えている。また、同じエンガワであっても日射があたらない部分の床表面温度、ならびに南側壁表面温度は比較的低い。
 図10に二階廊下の南側壁面の撮影結果を示す。開口部には日射が入射するためにブラインドの表面温度は高いが、壁部分は断熱材の効果により遮熱されている。なお、壁部分に温度差が見られるが、温度の低い部分は壁の中にある柱でありこの柱が付加断熱になっていることがわかる。
 図11に二階物置から小屋裏への入口扉付近の撮影結果を示す。この撮影時間帯の小屋裏温度は38℃程度であった。小屋裏空間への入口に当たる扉部分は断熱性能が壁より劣るため、壁部分と比べて3℃程度表面温度が高い。

*

図7 ロバタの堀り炬燵周辺の熱画像

*

図8 ナカマとエンガワ床表面の熱画像

*

図9 エンガワ床表面の熱画像

*

図10 2階廊下南側壁面表面の熱画像

*

図11 小屋裏への入り口付近

3.4 エネルギー消費量

*

図12 小野寺家の月ごとのエネルギー消費量

 図12に、2005年1月から2005年7月までの各月のエネルギー消費量の結果を示す。データは、各月の領収書をもとにしており、電気、灯油の消費量を熱量換算して示している。用いた換算係数は電気:3.6MJ/kWhメガジュールキロワット、ガス:100.5MJ/m3、灯油:36.7MJ/Lである。
 エネルギー消費量を評価する際には、まず、年間の消費量を一般的な統計値と比較することがよく行われる。東北地方の一般的な住宅の年間エネルギー消費量4)を用途別に表すと、暖房は29.4GJギガジュール/年、冷房は0.2GJ/年、給湯は16.7GJ/年、照明・家電製品等は17.7GJ/年である。図12より、2月〜7月の電気の変動はほぼ一定と仮定して、12ヶ月分の消費量を算出すると約28GJ/年となる。
 小野寺家では、給湯を高性能ヒートポンプ給湯器〈商品名エコキュート〉を使用しているので、約28GJ/年の電気の消費量は給湯と照明・家庭製品等のエネルギー消費量を合計したものにあたる。これに対して、比較対象の一般住宅の値は上記の統計値り34.4GJ/年(16.7+17.7)となり、小野寺家の消費量はこれよりも小さい結果となる。高性能ヒートポンプ給湯器が省エネに寄与することが証明される。
 灯油は暖房に用いられており、2月以降のデータは入手できているが、一冬のデータを得るには至っていない。現状のデータのみで、エネルギー消費量の評価を行うことは難しいが、厳寒時に暖房を開始したことを考慮し、12月と1月の灯油消費量を2月と同様と仮定して年間の灯油消費量を算出すると約122GJ/年となる。
 次世代省エネルギー基準には、年間暖冷房負荷の基準値が定められており、小野寺家が位置する地域では、390MJ/m2以下とされている。これと比較するために、天井高が5mを越える大空間の容積を考慮せず単純に床面積で基準化しても、360MJ/m2となり、基準値を十分に下回っていることがわかる。これには、機器効率が含まれているので、基準値と同等の熱負荷としては、1割程度小さくなる。灯油消費量約122GJ/年の値は既往の統計値の29.4GJ/年の約4倍であるが、建物規模や暖房面積、室内温熱環境の質を考慮すれば、必ずしも多いとはいえない。
 ただし、この試算には年間の消費量として正確でないこと等の問題はあるものの、おおよその値として評価するとすれば、次世代省エネルギー基準の基準値を満たしており、暖冷房に関する省エネルギー性は確保されていると判断できる。

3 結 論

 小野寺家の断熱改修が行われ、竣工後から計測されているデータ等をもとして室内環境性能について検証を行った。この家は、次世代省エネルギー基準に準拠(じゅんきょ)し設計されており、その結果、レベルの高い室内環境が実現されていることが確認できた。省エネルギー性を確保しつつ温かい民家が実現されていることは、今後の改修のあり方を示唆しており、高く評価される。

謝 辞

本測定を実施するにあたり、居住者の方々に多大なる協力を得た。また、ここで使用したデータのうち、長期計測のデータは、有限会社安井設計工房 安井妙子氏が計測・記録されたものである。夏期詳細計測とデータ処理には、秋田県立大学大学院生黒木康輔君、高橋悠美子君の協力を得た。秋田県立大学木材高度加工研究所助教授岡崎泰男先生には、サーモカメラをお借りした。ここに記して深甚なる謝意を表する。

参考文献
1)吉野 博:積雪寒冷地における室内環境問題の所在、日本雪工学会誌、Vo.l.13、No.1、1997.
2)日本建築学会:建築設計資料集成6、丸善、1973年.
3)財団法人 住宅・建築省エネルギー機構:住宅の次世代省エネルギー基準と指針、1999
4)住環境計画研究所:家庭用エネルギー消費量(内部資料).



住まいと環境 東北フォーラム
inserted by FC2 system