環境省平成17年度主体間連携モデル事業委託業務(省エネ住宅1)

長寿命住宅遊佐家三百年の風格


長寿命住宅遊佐家の設計と監理
300年の古民家との格闘

有限会社安井設計工房副社長
宮城学院女子大学非常勤講師
安井妙子

1 設計条件

 わたくしは2004年1月4日はじめて遊佐家を訪れ、元校長の当主遊佐桂氏と小学校教諭の長女三浦康子氏にお会いし建物を拝見した。この家では土間をはじめとする各部屋に、間仕切を新設する、天井を張る、柱に板をかぶせるなどの大規模な改造が施され、古い部分がほとんど見えなかった。たった1ヶ所見ることができたオカミとドマ境の柱の曲がり具合、面取りの形状から「古い」と直感した。とりあえず間取りをスケッチした。
 この日康子氏が話した設計条件の主なものは以下の通りである。わたくしはこれを聞きながらすべてノートがとれた。さすが小学校の先生だと思った。
1 古さを活かしたい。
2 古くても暮らしやすい家にしたい。プライバシーも確保したい。
3 段差のない平面にして歳をとっても安心して暮らせるようにしたい。
4 水周りを便利にしたい。
5 退職後、古い家を生かして何かをしたい。

2 現地調査

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300年の風雪に耐えたデイ上部の梁組(改修前)2点。
写真集「デイ上部隅の交差する梁組」 「デイ前半部の梁組」参照

 2回目の調査は暖かくなった春3月に始まった。小屋組を調査するために大工をともない、天井を2箇所壊してもらって小屋裏に昇った。天井のほとんどが棹縁(さおぶち)天井であったので、わたくしの体重を支えることができない。梁以外に足を乗せることができない。暗闇の中で、カメラと懐中電灯を持ち、サーカスのような体力勝負の調査である。
 今までの経験から、梁組が単純であるはずの上手座敷部分から始めたのに、梁は複雑に重なり合い、梁と桁を繋ぐ材がそこここに入り、屋根の勾配まで変えた改造の痕跡が見受けられた。真っ暗なことも手伝って簡単に図を書くことができず、図面を作るのに長時間を要し自信を失った。平面を実測していたスタッフも、柱間寸法がすべて違うことにイライラしていた。
 後の年代考察でこのイライラの理由がはっきりした。江戸末期および明治期の比較的新しい民家はわたくしたちのこれまでの経験範囲であり、これらは比較的単純な梁組である。ところが建築後300年の遊佐家は後世の何回かにわたる改造も手伝って、平面、梁組ともにわかりにくかった。この古い家で、どうやって断熱気密を確保するか、難しい課題を突きつけられた。

3 調査工事を先行して修理方針を決定

 遊佐桂氏は長年、数回にわたり改修して保存に努めてきた。現状のままでは容易に十分な調査ができない。半解体の状態にして、破損腐朽、傾斜状況の調査をしたうえで設計方針を決定することにした。
 特記仕様書と解体指示の平面図を作成して、まず調査工事をする。この工事は阿部和工務店(会長阿部和央)に発注した。建築物および周辺の状況を正確に把握することは修理の設計方針を決定するうえで不可欠である。
 施主の設計条件と調査結果から次のような修理方針をたて設計図を作った。
1 当初に復原して文化財としての価値を高める改修工事とする。
2 壁を増やすなど構造上の欠陥を補う。
3 屋根の鉄板、下地、茅ともに痛みが激しいので、茅を取り除く。
4 高断熱高気密施工をして暑さ寒さを緩和し、居心地のよい空間を作る。
5 設備機器を更新し暮らしやすい水周りをつくる。
改修工事は調査工事に引き続き阿部和工務店と契約した。この時点でわたくしが31回遊佐家を訪れたことを遊佐桂氏から告げられた。それほど修理設計の調査に手間取った。

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写真1 気密テープ 写真は両面タイプ

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写真2 気密バンド 圧力をかけるとつぶれるが、
元の形状を記憶しており、力が解除されると徐々に
形状を回復する。

4 省エネ住宅設計と得られた屋内環境

a 断熱と気密

 地盤・外壁・屋根面で、断熱と気密施工をして次世代省エネ基準を満足する性能を確保する。
 屋根では熱伝導率0.020W/(m・K)の板状断熱材高性能フェノールフォーム、商品名「ネオマフォーム」50mmを垂木の上一面に敷きつめた。外壁面にも同じくネオマフォーム30mmを張った。
 地盤には建物の周辺900mmのみに熱伝導率0.028W/(m・K)の板状断熱材押出し発泡ポリスチレン3種b30mmを敷きこんで地面を伝わる熱を遮断し、基礎の立ち上がりには同50mmをコンクリート打ちと同時に打ち込んだ。
 断熱材の継目や、屋根と外壁など、異なった部材が取り合う部分は特に気密が確保しにくいところなので、ここには気密確保用のテープを張り、隙間に追随して自らの形状を変える気密確保材、商品名「3K気密バンド」などを使用して気密の確保につとめた。気密バンドとは、圧力をかけるとつぶれるが、元の形状を記憶しており、力が解除されると写真2の右側のように徐々に形状を回復する。木材が乾燥収縮して隙間が生じたときなど、隙間にしたがって元の形に戻り、隙間をふさいでくれる。
 断熱気密経路を連続させることは、単純な新築住宅では一般的に問題なくできる。しかし部材の形状や寸法が一定でなく、表面仕上げの状態が平滑でないなどの特徴を持つ古民家では、そのつど現物を前にして議論のうえ、最良の方法を採用する。断熱気密経路を実際に即して決定することは現場での議論のうちかなり重要な位置を占める。

b 換 気

 換気経路は、軒天井からダクトで給気して床下に設置したダクト型換気扇、商品名「カウンターアローファン」および便所、風呂に設置した換気扇から排気する第3種換気方式である。
 冬季暖房時には、床下に熱源となるものがないので、排気の熱を利用して床下の温度を上げることにつとめた。
 夏季には小屋組部分に溜まる熱気を排出する目的や、喫煙、炭火に対応する換気扇を主要な部屋に配置した。台所は、排気量が最大530m3と大きいことから、暖房した屋内空気の排出を極力少なくするために、専用の給気ダクトを備えた電磁調理器用給気連動型レンジフードを取り付けた。

c 暖房と冷房

 強制給排気(FF式)タイプの石油暖房機2基を土間空間と居室部縁側に設置した。通常は土間空間に設置した4,500キロカロリーのものを運転、厳寒期には縁側に設置した3,400キロカロリーのものを補助として運転している。冬季の暖房温度は20℃に満たないが、十分な断熱気密をした屋内空間では寒さを感じない。加えて、コタツを併用して省エネにつとめている。
 冷房機は土間空間に1基備えているが、あまり活用していない。夏季は窓を開け放して暮らしている。

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写真3 サッシ断面
内部のアルミと、外部に面するアルミの間に
樹脂を挟んである。

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写真4 リッジベンツ
通気層を通って上昇してきた空気や水蒸気が
中央から入って左右に抜けるような構造になっている。
雨や風が、逆流しない工夫がしてある。

d 開口部

 次世代省エネ基準に準拠した、断熱気密アルミサッシ(写真3)を採用した。このアルミサッシの断熱性は、外気に面する部分と、内部に面する部分の間に熱伝導率の小さい樹脂を挟んで不連続としている。これにより熱伝導率の非常に大きいアルミを断熱サッシの素材として使用することが可能になる。ガラスは、12mmの間隔に乾燥空気を封じ込めた複層ガラスである。天窓に使用したサッシは、スウェーデン製で、外部はアルミ製であるが室内側は木製で古民家になじみやすく、気密、水密、断熱性ともに優れている。

e 通 気

 外壁は断熱材の上に外壁材の下地を兼ねて通気層を形成するため、胴縁(どうぶち)を取り付ける。通気層は、断熱気密施工をした場合、基礎部分から棟の頂部まで連続することが必要である。頂部には空気や水蒸気を排出するが雨などの降り込みを防止する商品名「リッジベンツ」(写真4)を取り付けた。通気層を通って上昇してきた空気や水蒸気がの中央から入って左右に抜けるような構造になっている。プラスチック製で、蜂の巣状になっており、雨や風が逆流しない工夫がしてある。

f 屋内環境

 温度湿度を長期間にわたり測定記録できる「おんどとり」と呼ぶ機材を設置して平成17年2月から測定を始めた。わたくしは通常引渡し後少なくとも2年は継続して測定し、データを検証している。
 冬季、暖房はFF式の石油暖房機で燃焼熱により直接空気を暖める方式なので、噴き出し温度が高く室内に対流が生じ、上下の温度差がみとめられる。
 室内温度は20℃程度であるが、この程度ではきちんと断熱気密された空間では寒さを感じない。暖房の適温は、それぞれの家族により異なるし、家族の中でも異なり、きわめて個人的に決まる。
 床下温度は13℃と低いが、床面が冷たく感じることはなかった。引渡し後、暖房を始めて1ヶ月程度なのでこの温度は予想通りであるが、次の冬は初冬から暖房するのでもっと床下温度は上昇するはずである。
 遊佐家はこの温度環境で、教育研修会、お披露目コンサートなどの行事を開催し、寒くなく快適に初めての冬を過ごした。
 夏季、クーラーの効き目をテストするときに立ち会ったが、みるみる湿度が低下するのを感じた。断熱性能が高いと、温度はあまり変わらなくても、湿度の低下でかなり涼しく感じられる。扇風機を併用するとより効果的である。
 床下や土間の床近くの温度に注目すると、地熱を利用できているのがわかる。遊佐家の人々に、土間に立ってもらい、ひんやりすることを実感してもらった。床下を屋内空間に取り込むことは、省エネ住宅の重要な設計の手法である。

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5 施工の問題点

 詳細な調査で現状を把握したにもかかわらず、基礎工事の施工方法から変更せざるを得なかった。これは、背面と下手側面の柱に当初材がほとんどなく後補材であり、後補材も切断されているものや、腐朽しているものが多く、鉄筋コンクリート布基礎を作り新材に入れ替える必要があった。
@垂直水平直しのため揚屋(あげや)をしてみなければ基礎の高さを決定できない。
A高さが決定できないと柱材の加工ができない。
B反力を(にな)うコンクリートの基盤を作らなければ揚屋ができない。これらの矛盾する工程状況に加えて、
C文化財としての価値と品位を失わない意匠(いしょう)を検討する。
D安全に安心して暮らせる家にする。断熱気密を確保する。という、重要で多様な要素を整理して、監修の宮澤先生、設計者、施工者が議論し、検討を重ね、何回も施工図を書き直して工事の順番と施工方法を決定するのに1ヶ月を要した。工事は滞り、遊佐家の人々に不安がよぎり関係者一同にとって一番辛い時期であった。

6 施工の問題店

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 なかなか手ごわい遊佐家を調査した結果、大工棟梁を指名しなければこの仕事は成功しないと判断した。指名した佐藤宮男氏は経験豊かな優秀な大工であり棟梁である。阿部和工務店の現場担当者もほぼ常駐に近い状態で管理をした。
 一般に設計監理者は、図面に描いてあることが正しく行われているかの確認をすることが仕事とされている。しかし図面に現すことのできない部分をたくさん抱える古民家は、そうはいかない。
 設計監理者と施工管理者、大工棟梁が同等の技術レベルで、現場で実物を前に何が最もよい施工方法かを議論する。それを受けて設計者は自らの責任において即時判断のうえ決定していかねば仕事が滞る。屋根の納まり、給気排気ダクトの建築との取り合い、壁と柱のチリ寸法、断熱材の連続性の確保、予測外の材などの処理方法、新補材の仕上げ、埋め木、()ぎ木の個所と程度等々を最良の判断をして速やかに決定することになる。設計者が大工と同等に大工仕事に精通している必要がある。しかし建築の教育現場で、木造に関する教育がほとんどなされていない状況ではこのことは期待できない。大工仕事や木構造のわかる設計者がほとんどいないことも、古民家修復や保存を(はば)んでいる一因である。
 左官、塗装、建具、電気、給排水などひとつとして大工工事と無関係のものはない。木造建築、その中でも特に古民家修復のような仕事は、大工棟梁の力量が工事の出来具合を左右することは言うまでもない。
 わたくしは設計監理をするにあたり、出来上がった建築に対しての品位や品質、使い勝手、工期、予算などのすべてに設計監理者が責任を持つべきであると考える。そのためには上記のように、施工者を指名することも責務であると思っている。反対に能力にかける施工者を交代させることもありうる。
 学生時代、アーキテクト(建築家)とは建物の一番上に乗っかっている梁を語源とすると聞いた。一番上に君臨するからには責任も重いはずである。
 わたくしはいまだ道半ばを歩いてはいるが、その責任を果たしてこそ施主をはじめ、施工者や、現場に出入りするすべての人々の信頼を得ることができて、良いものが完成すると考えている。

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2005年2月4日、完成引渡しの日である。「安井さん今日で68回来ましたね」と遊佐桂氏がおっしゃった。「そんなに来ましたか。来すぎですね」とわたくしは答えた。やはり道半ばである。



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