環境省平成17年度主体間連携モデル事業委託業務(省エネ住宅1)

長寿命住宅遊佐家三百年の風格


改修民家遊佐家の室内環境性能を検証する

秋田県立大学システム科学技術学部
建築環境システム学科 助教授
長谷川兼一

1 目的

 宮城県登米市中田町石森の遊佐家(江戸中期建築と推定される)の断熱気密改修が行われ、2005年2月に完成した。この改修には、伝統的な建築構法と現代の建築技術に精通している建築家安井妙子氏と、古民家研究の第一人者である建築史家宮澤智士氏との共働が実現して、民家の改修に最も理想的な体制が整った。建物の文化的価値の高さが確保され、次の世代が夏冬とも快適に住めるよう設計されている。
 今回、私は幸いにも設計時に意図された室内環境が実現されているか否かを検証する機会を得た。この検証結果を今後の設計にフィードバックさせるために、室内環境に関する計測を行った。

2 室内環境の検証の必要性

 東北地方の住宅が抱える室内環境問題として、冬期における不十分な暖房環境、非暖房室の極めて低い室温、不十分な暖房による結露、それによるカビの発生等が指摘されている1)。これらの問題はいずれも、住宅の快適性を損なうのみならず、住まい手の健康に悪い影響を与える可能性が高い。例えば、室内に温度差があることにより、居住者は生理的なストレスを受けるため血圧の上昇を招き、さらには脳卒中を引き起こす要因となる。結露によって発生したカビは壁やカーテンを汚し、また、空気に浮遊するカビ胞子は様々な健康被害を引き起こす。
 このような問題を防ぐためには、外と内部空間とを明確に区別する必要があり、それには高い断熱性と気密性を確保することが有効な手法であると考える。断熱性気密性を高めることは、同時に、最適な暖房ならびに換気設備の設置とそれらの適切な運用が求められる。断熱・気密・暖房・換気の設計・施工・運用が適切でないと、換気不足による室内空気汚染や、壁体内部および非暖房スペースの結露・カビの発生を排除することができない。
 最近、住宅の断熱・気密化の必要性は広く知られつつあり、新築住宅への適用は、平成14年度の住宅金融公庫の新築融資における省エネルギー住宅の普及率は約70%、このうち次世代省エネルギー基準適合率は約15%である。冬期における室内環境問題もひと昔前と比べて改善されている。しかし、室内環境性能評価は、住宅金融公庫への申請段階で行われる場合が大半であり、完成竣工後の建築性能およびエネルギー消費量等について検証されることは少ない。実際に居住状態で室内環境を検証することは、設計や施工の不備が指摘される事が考えられ、また家族のプライバシーに踏み込まなければならない行為であるため難しい場合が多い。計測や調査に基づいた性能評価が明らかにされないかぎり、設計へのフィードバックができず、良質な建築物の蓄積とならない。
 建物の室内環境としてどのよう項目を検証することが妥当であろうか。一言で環境といっても、それぞれの人の頭に浮かぶイメージは異なる。ここでは、先に東北地方の室内環境問題について言及しているため、これらの問題が解決されているか否かに焦点を当て、以下の4項目について検討する。
@シェルター性能
A換気状況
B冬季夏季の温熱環境
Cエネルギー消費量

3 検証結果

3.1 シェルター性能

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図1 建築的手法と機械的手法

 建築における環境設計の基本的な考え方は図1に示される通りである2)。すなわち、外部条件の変動に対して“建築的手法”を用いてシェルターとしての性能を高め室内環境を良好な範囲へ近づける。次に、必要に応じて“機械的手法”を用いることにより、室内気候を良好な範囲におさめる。遊佐家では“建築的手法”として断熱気密性能を高め、“機械的手法”として暖房設備、換気設備を設置した。
 遊佐家の位置する登米市は、次世代省エネルギー基準3)のV地域に分類されているが、開口部サッシの断熱性能はより寒さの厳しいU地域に準拠して設計施工しており、仕様規定を十分に満たしている。また、気密性能試験は実施していないが、気密施工には十分配慮されており、建築家のこれまでの実績から判断するとV地域の省エネルギー基準を十分に満たしていると予測される。
 以上より、室内環境の質を高めるに必要なシェルター性能は十分に確保されている。

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図2 測定箇所
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写真1 夏期詳細測定の測定器設置状況

3.2 換気の状況

 遊佐家では、排気を換気扇で行い、排気した分量だけ換気扇を使わずに自然に給気する第3種機械換気を採用している。給気空気は軒天井から、屋根とヨシズ天井の間に配したスパイラルダクトで居室に供給する。排気は浴室、便所の換気扇および床下に設置したダクト型換気扇〈商品名カウンターアローファン〉により24時間連続して行っている。
 今回、換気計測は実施していないが、設置された換気扇の性能および作動状況から判断すると、特に問題はなく良好である。ただし、土間空間に設置した喫煙用換気扇を作動した場合、給気を天井面から取り入れているためショートサイクルが起こる可能性がある。

3.3 室内の温熱環境

1)測定概要

 室内の各部温湿度は小型データロガー〈商品名おんどとり〉を用い、竣工直後の2005年2月より継続して行っている。サンプリング間隔は30分とし、データロガー内にデータが自動保存される。測定位置は図2に示す通り、床下、土間床付近、土間上部、外気の合計4点である。また、2005年夏期に詳細測定を行い、図2に示すオカミの床上1.1m温湿度、グローブ温度、風速、ならびに床上10cm温度を1週間にわたり計測した。写真1にセンサーの設置状況を示す。

2)各部温度の長期変動

 図3に、測定開始時からの各部温湿度の長期変動を示す。コンクリート打ちの土間でも、冬期間の温度は15℃を下回ることなく、安定した変動を示している。また、土間下部と上部のセンサーの高低差は約2mであり両者の温度差は5℃である。これは暖房方式が低温水輻射型パネルヒーターでなく、噴出し温度の高い強制給排気型のストーブによる暖房を採用したため、対流が起こっていると考えられる。設計者が表面温度計で計測したところ、床を張った部分では上下温度差は幾分小さいということであった。暖房方式が低温水輻射型パネルヒーターであれば回避できたことである。シェルター性能は高くても暖房方式の選択や、住まい方により屋内環境は、大きく変化することがある。一方、室内の相対湿度は20〜30%で推移しており、乾燥気味である。既に、断熱気密された住宅では冬季の乾燥が指摘されているが、住まい手が乾燥を問題とするのであれば、加湿への対応が必要となろう。

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図3 各部温度の長期変動

3)夏期における各部温湿度変動

 図4に、夏期の詳細計測による各部温湿度変動を示す。計測期間中、冷房利用はほとんどされていないが、朝晩に一時的に利用されているようである。窓を開放して生活しているため、居室温度は外気とともに変動し、日中は外気と同程度、夜間は外気よりも3℃程度高く推移している。夜間に居室温度が低下しないのは、窓の閉鎖と日中の蓄熱によるものと推察される。夜間に積極的に冷気を取り込むことができれば温度低下を期待することができる。日中に窓を閉鎖して生活すると夜間の冷蓄熱により、日中の温度上昇の緩和が期待できる。
 図5に、温熱快適性指標PMVと予測不満足率PPDの変動を示す。PMVの算出には、代謝量1.0met、着衣量0.5cloと設定し、空気温度、グローブ温度、相対湿度、風速は計測値を用いた。PMVは‘0’が中立を示し、望ましい環境であることを表す。また、PPDはその環境において、不満足と申告する人の割合を示し、値が小さいほど快適であることを表す。測定期間中のPMVは、ほぼ1〜2の間を変動しているが、日中にPMVが高くなっており、PPDも大きくなる。夜間にはPMVは小さくなっている。

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図4 夏期測定における各部温湿度変動

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図5 夏期測定におけるPMVとPPDの変動

4)熱線カメラによる室内各部の表面温度

 各部位を対象として、熱線カメラを用いた撮影を行った。ここで示す対象部位は、南側屋根面、ナカマ畳表面、縁側床表面、土間表面、土壁と漆喰の壁表面である。
 図6、図7に南側屋根表面の撮影結果を示す。図6は外側、図7は内側である。屋根の外側表面温度は70℃にも達しているが、その室内側表面温度は33℃程度である。屋根部分の断熱が不十分であれば、70℃の表面からの熱流が室内側に流れ込み、室内の温度上昇をもたらすことになるが、屋根断熱の効果により十分な遮熱がなされている。
 図8、図9にナカマと縁側の床表面の撮影結果を示す。ナカマの畳表面は27℃前後を示しており、通常に設定する冷房温度と同程度であるが、日射があたる縁側の表面温度は40℃程度まで上昇している。また、同じ縁側であっても、日射があたらない部分の床表面温度ならびに、南側壁表面温度は30℃程度に抑えられている。
 図10に土間表面の撮影結果を示す。土間部分は蓄熱効果が高いため、床表面温度は低い。土間に夜間の冷気を積極的に蓄えることができれば、日中に涼感が得られる。ここで、図8で示したナカマの畳表面温度と比較すると、いずれも27℃程度と同じであることがわかる。この場合、土間表面温度が高いと考えるよりは、ナカマの床表面温度が低く保たれていると判断する方が妥当であり、床下の冷気が効果をもたらしていると推察される。
 図11に居間とナカマ内壁の上部土壁部分と下部石膏ボード下地漆喰壁部分の撮影結果を示す。両者の表面温度を比較すると、上部土壁部分の方が約1℃程度低い。一般に上の方が高い温度を示すが、この場合は上部に位置する土壁部分の方が表面温度は低い。これは熱容量の大きい土壁の蓄冷効果である。

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図6 南側屋根外側表面の熱画像

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図7 南側屋根内側表面の熱画像

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図8 ナカマ畳表面の熱画像

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図9 縁側床表面の熱画像

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図10 土間表面の熱画像

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図11 土壁と漆喰の壁表面の熱画像

3.4 エネルギー消費量

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図12 遊佐家の月ごとのエネルギー消費量

 図12に、2005年2月から同年7月までの各月のエネルギー消費量の結果を示す。データは、各月の領収書をもとに、電気、ガス、灯油の消費量を熱量換算して示している。用いた換算係数は電気:3.6MJ/kWhメガジュールキロワット、ガス:100.5MJ/m3、灯油:36.7MJ/Lである。
 エネルギー消費量を評価する際には、まず、年間の消費量を一般的な統計値と比較することがよく行われる。東北地方の一般的な住宅の年間エネルギー消費量4)を用途別に表すと、暖房29.4GJギガジュール/年、冷房0.2GJ/年、給湯16.7GJ/年、照明・家電製品等17.7GJ/年である。図12より、ガス、電気の変動はほぼ一定と仮定して、12ヶ月分の消費量を算出すると、約43GJ/年となる。これは、給湯、照明・家庭製品等に該当している。これに対して、比較対象の一般住宅の値は上記の統計値によると34.4GJ/年となり、遊佐家の消費量がこれよりも大きいのは、コタツ等の使用があり、これからの検討を要する。
 灯油は暖房に用いられており、2月以降のデータは入手できているが、一冬のデータを得るには至っていない。現状のデータのみで、エネルギー消費量の評価を行うことは難しいが、厳寒時に暖房を開始したことを考慮し、12月と1月の灯油消費量を2月と同様と仮定して年間の灯油消費量を算出すると約72GJ/年となる。次世代省エネルギー基準には、年間暖冷房負荷の基準値が定められており、遊佐家が位置する地域では、390MJ/m2以下とされている。これと比較するために、屋根裏まで暖房空間に含む大空間の容積を考慮せず単純に床面積で基準化しても、360MJ/m2となり、基準値を十分に下回っていることがわかる。これには、機器効率が含まれているので、基準値と同等の熱負荷としては、1割程度小さくなる。
 灯油消費量約72GJ/年の値は既往の統計値の29.4GJ/年の約2.5倍であるが、建物規模や暖房面積、室内温熱環境の質を考慮すれば、必ずしも多いとはいえない。
 ただし、この試算には年間の消費量として正確でないこと等の問題はあるものの、おおよその値として評価するとすれば、次世代省エネルギー基準の基準値を満たしており、暖冷房に関する省エネルギー性は確保されていると判断できる。

4 結  論

 遊佐家の断熱改修が行われ、竣工後から計測されているデータ等をもとにして室内環境性能について検証を行った。遊佐家は、次世代省エネルギー基準に準拠し設計されており、その結果、レベルの高い室内環境が実現されていることが確認できた。省エネルギー性を確保しつつ建築後300年の民家においても温かい屋内環境が実現され家族が満足して暮らしていることは、今後の古民家改修のあり方を示唆しており、高く評価される。

謝 辞

 本測定を実施するにあたり、居住者の方々に多大なる協力を得た。また、ここで使用したデータのうち、長期計測のデータは、有限会社安井設計工房 安井妙子氏が計測・記録されたものである。夏期詳細測定とデータ処理には、秋田県立大学大学院生黒木康輔君、高橋悠美子君の協力を得た。秋田県立大学木材高度加工研究所助教授岡崎泰男先生には、サーモカメラをお借りした。ここに記して深甚なる謝意を表する。

参考文献
1) 吉野 博:積雪寒冷地における室内環境問題の所在、日本雪工学会誌、Vo.l.13、No.1、1997.
2) 日本建築学会:建築設計資料集成6、丸善、1973年.
3) 財団法人 住宅・建築省エネルギー機構:住宅の次世代省エネルギー基準と指針、1999.
4) 住環境計画研究所:家庭用エネルギー消費量(内部資料)


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