環境省平成17年度主体間連携モデル事業委託業務(省エネ住宅1)

長寿命住宅遊佐家三百年の風格


牛梁(うしばり)牛持柱(うしもちばしら)(うた)

第十五代遊佐桂氏長女
三浦康子

1 30年ぶりに実家に戻った私は悩んでいました

 冬になると、部屋の寒さは冷蔵庫のようでした。茶の間だけを冬ごもりの穴のようにして縮こまって一冬をすごすのです。「こんな寒い家に住めるわけがない。小さくてもいいからもっとぴっちり戸の閉まる暖かい家を建てよう。」とふるえながら思いました。
 夏になると、風の吹き通る広々とした部屋に寝そべりながら「この広さは気持ちいいな。天井も高くてせいせいする。」と思い、このまま残しておこうと考え直すのでした。壁に掛けてある曾祖父母の写真も「この家を壊すなんてとんでもない。」と語りかけてきます。
 私の中で、広い古民家と暖かい家は、結びつきませんでした。古民家を再生した本を見ても、素敵な古民家に暮らしているのは暖かい地方の人が多く、少々の寒さは我慢しても古民家に住む魅力には代え難いと書いてあります。古民家に住む人は、暑いの、寒いのとあまり文句は言えないようでした。追い打ちをかけるように宮城県に大きな地震が起きる確率は99%と報道されました。
 「壊して建て替える。」「このまま我慢してあちこち直しながら住み続ける。」またどうどう巡りの悩みが続くのでした。
 そんな時、旅先で読んだ『仙台発大人の情報誌 りらく』という雑誌の中で、「古民家を現代に甦らせ美しく快適な住空間に」という記事を見つけました。一級建築士・修復建築家安井妙子さんにインタビューしていました。その内容にとても興味を持った私はそこで紹介されていた「古民家復権−冬も快適にくらす−」という本を買って読みました。そこには「寒くて」「暗くて」「みすぼらしくて」と思われている古民家が「暖かくて」「明るく」「堂々とした美しい」民家に生まれ変わる夢のような方法と、実例がのっていました。私たちの住むこの広い空間を高断熱高気密の住宅に改修できるというのです。

2 私は父と夫に相談し、安井さんに手紙を書きました

 平成16年1月4日の安井さんとの出会いから1年1カ月、わが家は見違えるように改修されました。安井さんが本の中にこう書いています。「古民家の改修には新築と比べものにならないほどの人の手が注ぎ込まれています。そうして出来上がった空間が心地よいとしたら、その何分の一かは人の手間が担っていると思います。何百人もの手の平のあったかさで充たされた空間なのです。」
 本当にその通りのたくさんの人との出会いが作り出す幸せな空間が出現しました。1月2月の寒さの中でも、部屋の障子や襖を全部開け放しても暖かい快適な暮らしができるのです。暖房は2台のクリーンヒーターだけです。灯油代がかかるのではないかと心配しましたが、月2万円くらいに押さえられたのも嬉しいことでした。

3 土間空間になだらかな曲線を描く梁組を見上げながら考えます

 真ん中を貫く牛梁は、私の夢です。牛梁を支えるたくさんの梁がなければ屋根にならないように私の夢も支えがなければ実現しませんでした。資金面でも、精神面でも応援してくれた父と夫に感謝します。驚くべきバイタリティで夢を現実のものにしてくださった安井さん、何度も足を運んで我が家に残る歴史の跡を読み解いてくださった宮澤先生、誠実な仕事ぶりに頭の下がる思いをした工務店の皆さん、わずかのずれも許さない棟梁の仕事に職人さんの心意気と気概を感じました。
 そして牛梁を支える牛持柱。それは300年にわたってこの家で暮らしを営み続けてきた先祖の歴史のようです。この家が完成したとき無垢な梁や柱にどんなに喜んだことでしょう。そのときの先祖の誇りと大きな安堵を感じることができます。そしてこの屋根の下で生まれて、暮らして、去っていった多くの人たちの生活を思います。その中の一こまとして私たちの生活もあり、またこの家がある限りこの屋根の下で多くの人との出会いがあることを信じることができます。

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牛梁と牛持柱がしっかりと組み合わされているように、今という横軸と歴史という縦軸を交差させることができた古民家復権に私は心から満足しています。


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遊佐家わが家おひろめコンサート 2005.2.27

 古民家修復の過程では、住み慣れた家が、半分解体され、情けない姿をさらす時期があります。それが遊佐家ではかなり長い期間になってしまいました。わたくしはいつもその期間を誇り高い古民家に対して「すまないことをしている」と思って過ごします。遊佐家は解体してみると、ことのほか腐朽や家の傾きがひどく、設計者も施工者も途方にくれるほどでした。しかし三浦康子さんは、当主の長女として「やるしかないです」という決断をしました。あきらめない施主に励まされて竣工にこぎつけた仕事でした。竣工して約半年後の平成17年8月16日、宮城県沖でマグニチュード7.2の大きな地震が発生しました。もし1年前に、つっかえ棒だらけの遊佐家を地震が襲ったとしたら、間違いなくぺしゃんこです。お茶碗ひとつ壊れなかったというお話に神仏に感謝しました。

〈設計者 安井妙子〉



住まいと環境 東北フォーラム
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